手仕事の彫刻と新しい技術を融合し、社会に必要とされるものづくりをしたい

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前島秀光(まえしま・しゅうこう)/木彫刻師/茶道具作家

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1949年生まれ。桑沢デザイン研究所卒業。前島木彫所、四代目継承。 江戸木彫伝統工芸士。木彩会会員。巧匠会会員。建築彫刻だけではなく、茶道具やオブジェをはじめとした、お客さんに必要とされる作品をつくる。また体験教室を通じて、ものづくりの奥深さ、魅力を伝えるための活動に尽力している。
毎月、第三日曜日 13時~15時 「まえさん塾」工房 にてワークショップ開催

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【内容】
1.ノミと玄翁(げんのう)で角皿を彫る
2.豆かんなで作る木べら
3.豆かんなで削るカッターの柄
参加者を随時募集しています、詳しくはHPご覧ください。
http://maesan-juku.com/


image11かつて江戸と呼ばれた日本の大都市は、古くから職人の町としても栄え、日本のものづくり産業を支えてきました。かく言う私の家も、先祖代々と堂宮彫刻(どうみやちょうこく)と呼ばれる、社寺や山車・屋台などの建築彫刻をなりわいとしており、私で四代目になります。

幼いころから親父の背中を見て育ち、この仕事と寄り添って生きてきましたが、木彫の需要は減る一方です。以前、私は江戸木彫刻の伝統工芸士として認定されたこともありましたが、今や江戸木彫刻の後継ぎも、私の知る限りでは3、4人程度。また彫刻の仕事だけで食べていける人なんて、ほとんどいません。社会に必要とされなくなってしまっては、職人という仕事はおしまいです。

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そんな厳しい現実を変えていくためにも、まずは認知してもらうことが大切。「彫刻とはこういうものなんです」と知ってもらうこと。ただ言葉や文字で知るのではなく、体験を通して、自ら触って、削って、香りを嗅いで、ものづくりの根本を知ってもらう。そうすることで、今の若い人たちに、手づくりの魅力や奥深さといったものに、気がついていただけるのではと考えています。
そんなものづくりを体験できる場所と環境を、私は作りたい。これは残された人生の中で、私に課せられた使命だと思い、一生をかけて取り組んでいきたいと思っています。

 

 

ものづくりは大好きだったが、継ぐのは嫌で仕方がなかった

前島さん

私の家は代々続く、堂宮彫刻をなりわいとする家系でしたので、幼いころから木で何かを作ることも慣れたものでした。一日中、木をいじって遊んでいたこともあるくらい、木という素材に対し、とても愛着が湧いていました。

それでも家を継ぐのは嫌で仕方がなかったんです。敷かれたレールの上を進むのが嫌だったということもありますが、戦後は仕事が減って、親父とお袋の苦労を間近で見てきました。加えて、当時職人という仕事は地位が低かったように思います。「出来の悪いやつが、10年もやれば食えるようになる世界」なんて世間の声もあったくらいです。

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そのため、家の仕事は継ぎたくないと考えていたのですが、木で何かを作ること自体は大好きだったので、それなら木彫の技術を応用できるようになろうと考え、高校を卒業してから、デザインの専門学校へ入りました。そこで3年間、デッサンや写真なども含め、デザインを勉強し、木の生かし方を考えつつ、仲間たちと切磋琢磨(せっさたくま)しながら、デザインに関わることを覚えていきました。

 

 

世界を揺るがす激動の時代 活路を見出すきっかけとは

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専門学校卒業後は、家で親父の仕事を手伝いながら自らの彫刻技術を高めていき、一方ではどうやったら木を違った形で生かせるか、考えては形にする毎日が続きました。このころは休みを意識したこともないくらい、試行錯誤に没頭していましたね。この時間はとにかく楽しかった。私は負けず嫌いな性格なものですから、親父との喧嘩も日常茶飯事でしたが(苦笑)。

そんなある日、世界中を石油危機が襲いました。この事件をきっかけに、職人を取り巻く環境は大きく変化していきました。「いい仕事をするから頼もう」ではなく「安く仕事をしてくれるところに頼もう」と、質の時代からお金の時代に変わっていったんです。

職人は、いい仕事をするための努力はいくらでもやります。しかし、それを安くしようとすると、いい仕事はできなくなってしまいます。見積もりの時代というのでしょうか。私たちのような職人にとって、これは非常に難しい問題です。

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どうしたものかと考えているときに、ヤマハ発動機株式会社さんのボートショーにおけるプレゼン資料として、ボートのジオラマ製作依頼を受けたことがありました。この経験が、今の私にとても大きな影響を与えてくれたんです。私自身、木を生かしたものを何か作れないかと、ずっと考えてきた中で、ジオラマを作ることも、お客さんから直接注文を受けて製作することも、これが初めてのことでした。

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この経験から、お客さんからの注文製作で何かできないものかと考えるようになり、海をモチーフにした作品づくりに励むようにもなり、建築彫刻とは別の、新たな活路を見出せたように思います。昨今では、もっと木彫を身近に感じてもらえるよう、茶道具を作るようにもなりました。お茶も一から勉強し、自分でお茶をたて、お茶会を開き、作品を実際に使っていただくことで、少しずつお客さんとの絆を深めていきました。

 

 

こだわりは大嫌い 常に新しいことへの挑戦が必要な時代

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都会の職人は求められる仕事が日々変わってくるんです。同じものをただ大量に作っているだけでは、生き残っていけない。お客さんが何を望んでいるか、それを察して、お客さんの予算内にお望みのものを実現できるかが勝負になってきます。

単に自分の世界感を表現することならば、芸術家がやればいい。私たちは社会が必要とするものを作らなくてはいけない。需要あっての職人なんです。

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だから、これからの職人というのは、場合によっては機械も必要になると思います。木という素材をより引き立てるために、無機質なものと組み合わせるのも一つのアイデアだと考えます。3Dプリンターやコンピューターを駆使して作ったものに、手仕事を融合しても面白いですよね。そうすることで、今までに無かった、まったく新しいものを生み出せる可能性だってあります。より魅力的なものを作るということ。これは、これからの職人たちに期待するところでもありますね。

 

 

ものづくりへの関心を高めたい 手作りのものが高いワケ

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私自身、実は数年前に大病を患いまして、自分の人生や、今後の方向性について、今一度考えさせられる機会がありました。皆さんもご存知のとおり、人の手によって手間暇を惜しまずに作られた作品は、どうしても値段が高くなってしまいます。しかし、これを理解してくださる方は、とても少ないと思うのです。

私は茶道具を作る教室をやっていたことがあるのですが、木を削るという作業自体を、皆さん夢中になって楽しんでいました。なんとなく木目が好きという方も多いですが、そうした見た目だけではなく、触感や香りを、実際の作業の中で感じていただけたら、もっと手仕事やものづくりについて、理解を深めてもらえるのではないだろうかと考えたんです。

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そんな思いで「まえさん塾」という教室を始めました。私たちプロが使うような、良い木材、良い道具を使って、カトラリーや茶道具など、自分のお気に入りを自作していただきます。中にはかんなで削った木くずまで持って帰る方もおり、なぜそれを持っていくのかと聞いてみたら「木の香りがするから」と、その方は言いました。おそらくこの方は、なんとなく身近に感じていた木という素材に、このとき初めて向き合い、木が持つ魅力に気がついたのではないでしょうか。この教室を通じて、作る喜びや、使う喜び、そして木と触れあう喜びを、体感していただけると嬉しいです。

こうした体験によって、本当の意味でものづくりを知った若い世代が増えることで、少しでも未来の職人たちの助けとなれたらいいなと思っています。

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